コンク・パール(Conch Pearl)
「遅れて来た天然真珠」或いは「海からの最後の贈り物」などと、何やら曰くありげな口上で登場したのが、ハイ・ジュエリー素材のニューフェイス「コンク・パール」です。世界の海洋の中でも南北アメリカの間に挟まれたカリブ海だけに棲む「コンク貝」と呼ばれる巻貝の貝殻の一部、というのがその天然真珠の正体です。本来「真珠」とは、二枚貝の内奥に混入した“異物”を貝の自己防衛本能を以て排除・隔離しようと貝の内壁(外套膜)から「真珠層」という物質を分泌し、異物をすっぽりくるむように包囲して出来た固体物のことですが、問題のコンク貝は二枚貝ではなく、真珠層も分泌しません。コンク貝という巻貝の、その巻いている部分の内壁がピンクからオレンジ系の色調を帯びることから、カリブの人々の間では「ピンク貝pink shell」とも呼ばれてきました。しかし現地の漁師たちは、このピンク貝をあくまで食用資源としてしか見ておらず、ピンク貝のその色の美的価値・商品価値に最初に気付いたのは、実はアメリカの宝石商でした。その色合いは如何なるピンク・ジェムとも表情を異にした、個性的ながらも鮮やか過ぎず、際立って上品でマットな質感のサーモン・ピンク。驚くのは、動物由来の物質にしては強靭な造りと陶器のような硬質な肌触りを誇り、ジュエリーの主役を演ずる顔として申し分がなかったのです。―――デビュー早々、世界のハイ・ジュエリー・アイテムの一角を占めたコンク・パールの宝飾品。5大宝石などのビッグ・ジェムを大方“卒業”したヘビー・ユーザー層が最後に辿り着く素材こそ、このコンク・パールなのかも知れません。
コンク・パールのジェムメッセージ
コンク・パールが不可思議で面白いのは、ただの貝殻の断片が5大宝石並みのレア・ジェムの一つとして位置付けられていることです。貝殻の原形コンク貝という巻貝の内壁は、特徴的なサーモン・ピンクの色合いを誇るだけでなく、その見え方が更にユニークなのです。トルコ石に似た陶器的な質感の貝殻表面をよく観察すると、そこには繊細な絹状光沢が浮かび上がっています。専門家が「フレームflame」(=火焔模様)と呼ぶ光学効果で、貝殻を構成する炭酸カルシウム(石灰)が同一成分のカルサイト結晶に置き換わり(転移し)、その独特な柱状構造が一層顕著になって相互に(=陵柱層状に)折り重なる様が、ゆらめくような絹状光沢を演出します。コンク・パールを真珠分類上「陵柱層真珠」(りょうちゅうそうしんじゅPrismatic layer Pearl)と呼ぶのはここに由来します。従って私たちが今まで真珠と認識していた「真珠層真珠」(nacreous layer pearl)とは明確に区別することになります。
次に、問題のサーモン・ピンク・カラー発色の秘密について。――先に述べた「カルサイト柱状結晶」、そこに内包していると考えられる化学物質「ポリフェリン」が結晶内で赤色蛍光(けいこう)を発する、これが巻貝内壁着色の主因とされていますが、残念ながら現時点では仮設の域を出ません。ピンク色の解明は、なお時を要するようです。しかし、カリブの人々は極めて単純に且つ堂々と“ピンク貝だからピンクなんです”と云ってのけるでしょう。
コンク・パールのマザー・オーシャン(母なる海)
コンク貝は海藻豊かなカリブ海沿岸域で広範囲に棲息していましたが、大変悲しいことに、現在バハマ諸島海域を除く各漁域で食用巻貝の乱獲が進み、コンク貝はほぼ絶滅に近い状況です。だから今となっては、バハマ海域が世界唯一・最大のコンク貝産地なのです。バハマ諸島を領有するバハマ国は、総人口45万人の2%に当たる9千人がコンク貝漁師。カリブ先住民ムラート族と黒人との混血、何と大半がプロテスタントいうお国柄。フロリダ海峡を挟んだアメリカ・フロリダ半島の森林に降り注いだ雨水が、川伝いにカリブ海に流れ込み、その水に溶け込んだ栄養分を吸収した海藻類を巻貝が食べて、やがて健康なコンク貝に育ちます。このバハマの海も、しかし、徐々に禁漁区エリアが広がる昨今、漁師たちは底知れぬ将来不安から逃れられずにいます。ピーク時の2006年800トンあった水揚げ量は、2014年400トンにまで落ち込んでいます。他の水産品では盛んに試みられている養殖事業化もここでは望めず、頼みの国際ビジネスも、絶滅危惧種に対するワシントン条約の縛りで、常に輸出国(バハマ)の承諾を必要とする許可制となっています。皮肉にも、これらの自然障壁・人的障壁は、今後の供給不安を煽りこすれ、コンク・パールの稀少価値は増すばかりです。
歴史の中のコンク・パール
歴史の風雪に耐えたコンク・パールのジュエリーの名品と呼べるものは、残念ながらまだありません。欧米のグラン・メゾンの幾つかがこの天然真珠と出会い、感動を以て首飾り等のジュエリー製作に挑みました。いずれの作品も力作揃いで、“どこかのロイヤル・ジュエリーですか?”などと巷で囁かれるほどの秀逸ぶり。まさに“100年後のアンティーク・ジュエリー”と称賛するにふさわしいハイエンド・ジュエリーを観る思いです。それほどの逸品ならば、100年も待てない人のために、どこかの出版社がそれを書物にするに違いありません。
コンク・パールのトリビアから
●カリブ海の巻貝はおいしい海藻を求めて何キロも海底を旅します。しかし貝の身にとって殻は予想外に重い。それでも巻貝は巻きの外側を傷だらけにしながらも大切な内側を損なうまいと、大型魚やウミガメから必死で守っているのです。
●ただの巻貝が高価なコンク・パールに化けることを人々が気づくまで、バハマでは主要食料資源でした。その貝肉は生でも干しても、また煮ても焼いても美味、あらゆる料理に万能。サラダにも欠かせません。そのむかし、海で収穫したコンク貝を船ごと乗っ取り一つ残らず奪い去って行く悪い輩がいました。悪名高きカリブの海賊です。海賊たちはその時既にコンク貝の“もう一つの価値”を知っていたのかも知れません。
コンク・パール履歴書
宝石名 |
コンク・パール(ただし商業名) |
公式素材名 |
コンク・シェル |
組成 |
炭酸カルシウムCaCO3 |
発見地 |
カリブ海バミューダ諸島 |
現在産地 |
同バハマ諸島 |
硬度 |
3.5 |
比重 |
2.7 |
結晶 |
三方晶系 |
僅か1%、世界最上級の厳選カラーストーン
ハナジマでは、取り扱う厳選したカラーストーンの実に90%が下の図のピラミッドの頂点に位置する僅か1%の最上級クラス「トップ・オブ・ジェムクオリティ」です。色の濃さは4~6ランク、透明度と輝きはSランク(下図を参照)のこだわった宝石です。
残り10%の取り扱う宝石は厳格な品質基準に合格した「ジュエリークオリティ」になります(下の図の灰色の部分)。
100分の1個の希少石でありながら、日本最大級のストック量を誇ります。
下の図は品質を表す1つの例であり、取り扱う宝石の全ての種類に該当します。
【 知的ジェムストーン物語 】
~ あたなの価値観を変える宝石の知識 ~
主に地球で育まれた天然鉱物である宝石のことを知ることでもっと身近に感じてほしい、また別の宝石にも興味を持ってほしい、そんな思いからシリーズとして書いております。引き続きシリーズを追加していきます。どうぞよろしくお願いいたします。
少々難しい部分もあると思いますが、そこを乗り越えて読み進んでいただき、美しい宝石の真実の姿を「知る面白さ」、「学ぶ楽しさ」を改めて体感して頂ければ幸いです。
「知的ジェムストーン物語」、下の画像をクリックすることで各ジェムストーンのページをご覧いただけます。どうぞお楽しみください。