スペサルティンガーネット(Spessartine Garnet)
「マンダリン」の呼び名で知られるガーネット族宝石です。私達の身近な果物の一つ、ミカン科「マンダリンオレンジ」の果皮のオレンジ色が、そのまま鉱物にのり移りました。赤みを帯びた果皮の”タンジュリン“に近いガーネットもありますが、宝石の世界ではそれも「マンダリン」です。
その昔、中国・清朝の高級役人が着ていた制服の色(橙色)が「マンダリン」の語源由来ですが、その清朝の首都は当時”満州”の瀋陽というところにありました。
スペサルティンガーネットの和名は奇しくも「満礬柘榴石」(まんばんざくろいし)といいますが、この”満”つながりはただの偶然のようです。
スペサルティンガーネットのジェムメッセージ
宝石界の一大勢力ガーネットグループは、本講座でも最多登場宝石族。スペサルティンガーネットはその4番目のアイテムです。
パイロープ、アルマンディン、ロードライトの”赤色ガーネットトリオ“は、前の第3,4稿で学びましたが、そのトリオにこのスペサルティンを加えて「パイラルスパイト系列ガーネット」と呼び、”柘榴の赤い種子のような石”という石名由来通りの、伝統的な赤系ガーネットの”本家”筋を構成します。
本家筋ガーネットに共通するのはアルミニウム珪酸塩+αという化学組成で、含有するα部分がマグネシウムや鉄でなく、マンガン元素のときだけ、スペサルティンガーネット特有のマンダリンオレンジ色を呈します。
ガーネット族は、系列内で相互に混ざり合った美しい”混血”鉱物の寄り合いであることは前述しましたが、スペサルティンの場合も、系列内のアルマンディンとも容易に混ざり合いますが(見かけはアルマンディン)、稀にパイロープとも混ざり合って特徴的なタンジュリンカラーのガーネットを生み出します。
タンザニアで始めて発見され、時としてピンクがかったオレンジのガーネット宝石の出現(1979年)に、現地の人々は”不本意”にも「マラヤガーネット」と名付けました(詳細は「トリビア」で)。
また、パイロープとの中間体ガーネットには、同ファミリー唯一の「ガーネット・カラーチェンジ」という、昼・夜で変色する珍しい宝石もあります(後続の「変色性宝石」の部で詳説)。
前稿から繰返し述べるように、ガーネット宝石は加熱等の処理を要さない無処理宝石であることが、最大の魅力です。
しかも「結晶力の強い」鉱物と云われるように、オリジナルの結晶形(等軸晶系・斜方十二面体)で掘り出されることの多い、限りなくナチュラルなジェムと云えます。
スペサルティンガーネットのマザーランド(代表的産地)
スペサルティンガーネットの発見地は、その宝石名の根拠となっている南ドイツの小都市Spessart(ドイツ読みで「シュペッサルト」)と云われます(命名1832年)。同じ仲間のパイロープガーネットの発見地もすぐ近くのチェコ・ボヘミア産ですから、数少ないヨーロッパ発のジェムの一つと云えますが、残念ながら同地での商業的採掘の史実は見当たりません。
宝石質スペサルティンの初期的産地はカリフォルニア他米国諸州(20世紀中頃まで)、次いで1990年アフリカ・ナミビア産ガーネットがデビュー、その時から「マンダリンガーネット」の呼び名が始まり市場を席巻します。
以後、堰を切ったようにマダガスカル(ペギリ-)パキスタン(カシミール)ブラジル(ミナスジェライス)タンザニア、そして今世紀アフガン産もツーソン展で話題になります。
主要宝石産地国のほぼ全域から産出するこの宝石は、今やグローバルなメジャーストーンなのです。
歴史の中のスペサルティンガーネット
装身具雑貨の素材としてスペサルティンガーネットは、我が国でも実に徳川時代から多用されていました。根付や印籠の紐に通す「緒締め」の素材に、黒光りする結晶面の光沢が保たれるガーネットは、とても粋な脇役でした。
ただし日本産スペサルティンは純粋種ではなかったようで、鮮やかなオレンジ色は望むべくもありませんでした。
スペサルティンガーネットのトリビアから
■上述の「マラヤガーネット」が、何故不本意な呼称なのでしょうか?
原産地タンザニアの公用語スワヒリ語のスラングで「マラヤ」と云えば、「娼婦」とか「疵もの」という侮蔑的な意味だそうで、スペサルティンとパイロープの混血の石は当初見向きもされませんでした。
しかし、そうして生れた石の中から、時折うっとりするようなピンキッシュ・オレンジの粒が出て来ます・・・。それに魅せられた西欧の宝石商たちは、問題の宝石名を産出鉱山名ウンバに因んで「ウンバライト」との改名を提案したようです(現宝石界では双方併用)。
尚、「マラヤ」の英文表記はMalayaでなくMalaia、—これを「マライア」と表記する宝石商もいますが、あのセレブ歌手マライア・キャリー(Mariah Carey)とはスペル違いです。
■18世紀ドイツの国民的文豪ゲーテは、無類のミネラルマニアとしても知られています。
旅行好きの彼が集めた鉱物コレクションは何と2万点余、自身が発見・命名したゲータイトGoethite(和名「針鉄鉱」)という石まであります。
旅の唯一の移動手段だった馬車の荷台は、常に”貴重な”石ころで一杯だったようです。
そんなゲーテは一方で、行く旅先ごとに女性に恋してしまう極めて恋多き男、「若きウェルテルの悩み」等の名作は殆ど悲恋の物語です。
老いてなお多感な75歳のゲーテが恋したのは、実に19歳の美少女ウルリケ・レベッツォー――-彼が転地療養に訪れたボヘミア地方の保養地マリエンバートの少女でした。
プロポーズのしるしに彼女に贈ったのがガーネット。鉱物通のゲーテですから、並のガーネットでなく恐らく稀少なスペサルティン系だったに違いありません。
因みにこの恋も悲恋に終り、それが最晩年の傑作「マリエンバートの哀歌」という、はかなくも美しい散文詩になりました。
■上段メッセージ欄の耳慣れない「パイラルスパイト系列ガーネット」なる言葉は、伝統的な赤系
ガーネットの3つのメインガーネット(端成分)、すなわちパイロープPyrope、アルマンディンAlmandine、スペサルティンSpesartineの頭文字を繋げた赤系柘榴石の総称Pyralspite seriesのことです。
一方、非赤系ガーネットを構成する3つのメインガーネットすなわちグロッシュラーGrossular、アンドラダイトAndradite、ウバロバイトUvaroviteの、同じく頭文字を繋げて「ウグランダイト系列Ugrandite series」と称します(便宜上最後のUをトップに)。
前者系列の共通元素は既述の通りアルミニウム、そして後者はカルシウム。
前者は相互に混ざり合って中間固溶体を形成しますが、後者は混ざり合わず(一部例外)、その代り別の異元素を取込んで、グラスグリーンのデマントイドガーネットのような美しい変種鉱物を生み出します(後続稿で個別詳述)。
ガーネット族を「華麗なるガーネット一族」と云わしめる理由は、まさにそこにあります。
博物館で出会える有名なスペサルティンガーネット
「ヴァージニア・スペサルティン」 (98.61Ct) アメリカ自然史博物館(ニューヨーク, 米国)
「ゲーテ鉱物コレクションのガーネット」 マリエンバート郷土資料館(マリエンバート、ドイツ)
スペサルティンガーネット履歴書
鉱物名 |
スペサルティンガーネットSpessartine Garnet |
和名 |
満礬柘榴石 (まんばんざくろいし) |
組成 |
マンガンとアルミニウムの珪酸塩鉱物Mn3Al2(SiO4)3・ |
発見地 |
ドイツ |
硬度 |
7~7.5 |
比重 |
4.15 |
屈折率 |
1.810~2.05 |
結晶 |
等軸晶系 |
結婚石 |
2年記念石 |
誕生石 |
1月 |
占星石 |
水瓶座(1/20-2/18) |
石言葉 |
Life Safety(身の安全) |
その他 |
午前11時の宝石 |
僅か1%、世界最上級の厳選カラーストーン
ハナジマでは、取り扱う厳選したカラーストーンの実に90%が下の図のピラミッドの頂点に位置する僅か1%の最上級クラス「トップ・オブ・ジェムクオリティ」です。色の濃さは4~6ランク、透明度と輝きはSランク(下図を参照)のこだわった宝石です。
残り10%の取り扱う宝石は厳格な品質基準に合格した「ジュエリークオリティ」になります(下の図の灰色の部分)。
100分の1個の希少石でありながら、日本最大級のストック量を誇ります。
下の図は品質を表す1つの例であり、取り扱う宝石の全ての種類に該当します。
【 知的ジェムストーン物語 】
~ あたなの価値観を変える宝石の知識 ~
主に地球で育まれた天然鉱物である宝石のことを知ることでもっと身近に感じてほしい、また別の宝石にも興味を持ってほしい、そんな思いからシリーズとして書いております。引き続きシリーズを追加していきます。どうぞよろしくお願いいたします。
少々難しい部分もあると思いますが、そこを乗り越えて読み進んでいただき、美しい宝石の真実の姿を「知る面白さ」、「学ぶ楽しさ」を改めて体感して頂ければ幸いです。
「知的ジェムストーン物語」、下の画像をクリックすることで各ジェムストーンのページをご覧いただけます。どうぞお楽しみください。